About

Profile

金 鋭 Kin Ei
日本生まれ日本育ち(神戸) 華僑三世
HR(ヒューマンリソース)経験30年
中国経営者経験20年(民営企業8年合弁企業12年)。中国滞在23年目。
1989年
株式会社リクルート入社
1989年〜1995年
中小企業及び大手企業の新卒・中途採用の総合営業
1995年〜1999年
中国の新卒学生向け新規事業推進で上海に滞在
1999年
株式会社リクルート退社
1999年
上海の民営企業である創価コンサルティングに経営参加
2007年
  • 株式会社インテリジェンスと合弁会社英創を設立
  • 英創人材服務(上海)有限公司総経理
  • インテリジェンスアンカーコンサルティング総経理
2016年
全ての役職を退任
2016年〜
フリーランス(HRコンサルティング・研修講師)として活動中

Backbone

心の国境を越えて。

私は華僑として日本で産まれ育ち、人材ビジネスの基礎を学びました。
20代後半からは母国に戻り、中国での事業に挑戦し、
数えきれないほどの壁にぶつかり、苦しみ、それを乗り越えてきました。
ここで得た学びを伝えることは、
私の宿命であり、使命であり、天命なのです。

華僑として幼少時から大学まで神戸で育った私は、新卒で株式会社リクルートに入社し、企業の中途採用を支援する転職情報誌の広告営業として社会人生活をスタートしました。

営業として様々な企業の人材採用をお手伝いする中で、人に関わる仕事の意味や価値、そして醍醐味を味わうことができました。自分が関わった一つの広告で人生を変えるための転職をする人がいる。そしてその広告で入社した人材の活躍によって成長する企業を目の当たりにする。こうした体験の数々は、私に人材ビジネスの醍醐味を教えてくれました。

その後、リクルートが中国でメディア事業を始めるというタイミングで中国赴任を志願した私は、初めて中国で働けることになりました。母国である中国のためにこれまで学んだ様々な経験を活かせることにワクワクしていたのです。しかし、中国での仕事は何から何まで日本でやってきたようには進まず、多くの壁にぶつかりました。原因は中国人の仕事に対する考え方にあると思い込むようになっていました。日本の慣習でビジネスをしてきた当時の私にとって、日本式こそが常識だと無意識のうちに考えていたのです。

もがきながらもリクルートで10年勤め、その後、私は上海で経営参加し、事業家として人材ビジネスを展開していくことになりました。しかし、思うようには進みません。組織改革をしたり、新たな制度を導入したりするのですが、業績は落ちていきます。そしていよいよ逃げ場がないという状態になった時、初めて気づいたのです。

中国と日本は違う。違うのに自分は日本流でやろうとし続けている。業績も下がり続けている。違いを受け入れ、それを理解しようとすることが重要なのかもしれないと。

私は日々のビジネスを前に進めながらも違いを受け止められずにいました。私がそれまでやってきたことは、日本流の成功体験で身に着けてきた価値観の押し付けに過ぎなかったのです。そこからはコミュニケーションの仕方も変えていきました。価値観の違いを受け止め、それを理解しようと心掛け、同時に伝わるだろう…で終わらせていたコミュニケーションを言葉にしてしっかり伝えるようにしていきました。

こうして違いを認識し、受け止め、理解し合うことであらゆることが変わり始め、事業も大きく成長に導くことができました。

私は今、ヒューマンリソースパートナーとして中国で頑張る日本のビジネスパーソンの方々に私が経験してきたこと、私が学んできたことを伝えています。また日本企業で働く多くの中国人社員の方々にも「違い」を伝えています。多くの方が感じているように日本と中国ではまだまだ様々な問題があります。そして、多くの方が考え方や文化が違うからと、心に壁を作ってしまいます。しかし、そこで終わっては何も始まりません。お互いに違いを認識し、それを受け止め、理解すること。それが新たな関係を創り出し、心の国境をなくすことに繋がっていくと信じています。

日本で生まれ育ち、中国で20年以上ビジネスを経験してきた中国人である私にとって、この仕事を通して日本と中国の心の国境をなくすことは、宿命であり、使命であり、天命です。日本人と中国人の心の国境がなくなり、自然な笑顔が生まれ始める瞬間を見るのは、私にとってこれ以上ない喜びなのです。